「話のわかる工務店」がわかる話

お客さまとの話。職人との話。取引先との話。地域の話。お金の話。家づくりの参考になればと思い、「話のわかる工務店」がこれまで語って来なかった話をご紹介します。これで脇坂工務店のことを少しでも知っていただければ幸いです。

脇坂肇

2019年8月26日 更新

#4

失敗した家。

脇坂肇

「工務店の社長は、どんな家を建てるんですか?」
そんな質問をたまに受けます。
そこで今回は、
私が2012年に自宅を建てた際の
体験談をお話しようと思います。
色んな意味で、
「失敗したかも…」と思っております。
涙なくしては読めないストーリーをどうぞ…。

現在の家を建てて移る前も、
同じ町内に住んでいました。
約27坪の土地に3F建て。いわゆる狭小住宅です。
そこに両親と子ども、夫婦
あわせて8人で暮らしておりました。
都心に近いものの、
歴史のある古い街なので、
なかなか土地が出てこないエリアです。
住み慣れたこの街で、
いつかは広い場所を見つけて、
家を建てたいなと思いつつも、
なかなか良い機会が訪れませんでした。

しかし、ある日のこと。
祖父の代から仲良くしているご近所さんが、
こんなことを口にされたのです。
「年も年だし、
そろそろ土地を手放そうと思ってるんだけど、
誰にでも売りたいわけじゃない。
脇坂さんのところだったら譲りたいんだけど…」

当時、私は48歳。子育ても一段落しつつあり、
夫婦二人での生活になることも、
もちろん頭の片隅にありました。
「もう一度家を建てるなら40代が最後かなぁ」
と思いつつ、
土地をありがたく購入することに。
ちなみにローン完済時の年齢は82歳…。
なぜかどこの金融機関でも
82歳が上限に設定されてるんですよね。
まだまだ働かないと…。

土地は見つかった。
じゃあ家はどんな作りにしようかと考えた時に、
真っ先に浮かんだのが、一番下の娘の顔です。
彼女は4歳のころからピアノを習っていて、
当時は高校1年生。
音楽系の高校に通い、
ピアノに打ち込んでいた彼女。
じゃあ夜中まで思いっきり音が出せる
環境を用意してあげよう、と決めたのです。

その親心と、工務店の魂がひとつになった時、
「お金をかけずに、木造建築で
どこまで防音性能が上げられるか挑戦する」
という構想をひらめきました。
そう、音楽室のある家をつくることにしたのです。

では、どうやって防音性能を高めたのか。
当然、音楽室専用の建材なるものも、
各メーカーなどから発売されています。
ただ、それだとコストが上がってしまうし、
面白くない。
(『面白さ』も、私にとって重要なんです!)
とった手法は、断熱性能を高めることでした。
結果、思いっきり音を出しても、
家の外には音が漏れないレベルまで
防音性能を持たせることに成功しました。

ただ、反省点もいくつかあるので、
それを正直にお話しますね。
まず、窓に予算をかけなかったんです。
これは大きかった…。
樹脂サッシを使ったんですが、
木製のトリプルサッシを選んでいれば、
もっと断熱性能と防音性能が上がっていたはずです。
もちろん、樹脂サッシでも十分に性能は良い
ということは強調しておきます。
あくまで音楽室の完璧さを求めるなら、
ということです。

サッシって、だいたい一般的な家だと
1棟で100万円くらいかける部分なんですが、
木製サッシだと3倍くらいのコストに…。
しかも、我が家は窓が多かったので、
かなりの金額になってしまう。
当時はそこまでかけるのはちょっと厳しいなー
と思って諦めたんです。
やはり予算配分は大事ですね。
どこにどれだけかけるのか。
その判断をするために、何をゴールとするのか。
やりたいことを整理するのが、
家を建てる上では大事だと
改めて感じましたね。

あとは、音楽室のドアもちょっと失敗しています。
家の外には音が漏れないものの、
家の中では音楽室の近くまで行くと
音がそれなりに聴こえてくるんです。
防音ドアをつけているんですが、
安いものだったのが原因。
オーダーメイドのドアや
防音室用のハンドルを選んでいれば、
ベストでしたね。

ちなみに、音楽室以外の小ネタとしては、
屋上にバルコニーを作ったことも失敗…。
当初は、
「みんなで好きなだけBBQできるなー!」
と思っていました。
しかし、家を建ててから10年近くになりますが、
バルコニーでBBQをやった回数はなんと…
2回。
たった2回です。
バルコニーはリビングやキッチンと接していないと、
道具や食材などを運ぶのがとっても大変なんです…。
この経験から学んだのは、
「焼き肉を食べたくなったら、
近所の焼肉屋『徳寿』に行けばいい」
ってことでした。
バルコニーつけてなかったら、
焼肉屋「徳寿」に何回行けたんでしょうね…。

家を建てる時って気分が高揚します。
テンションが嫌が応にも上がってしまう。
それを身をもって体感しました。
なので、商談中はお客さまにも
「まあ、冷静になりましょう」
と促します。
建築でゴハンを食べている私でさえ、
このありさまですから!
説得力あるようです。

それはさておき、
音楽室の話には続きがあります。
「将来ここで娘がピアノ教室を
やりたいって言うかもしれないな…!」
と父親なりに考えて、
生活スペースを通らずに
玄関から音楽室に入れるよう、
動線を設計してもらいました。

あとは、音楽室なんだから、
楽器を演奏した時に
適切な音が聴こえる状態じゃないといけない。
というわけで、音響のプロの方に来て頂き、
チェックをお願いしました。
すると、その方いわく
「音の跳ね返りが強すぎる」と。
防音だけではダメで、
吸音という点も重要なんですね。
解決策としては、ピアノの下に
厚手のアクセントラグマットを敷き、
窓のない壁部分に
厚手のカーテンを吊り下げました。
これが音を吸収して、
正しい音で演奏できる環境に
整えてくれるのです。

ピアノを愛する娘のために、
徹底的に音楽室として質を追求しました。
これまでプロのミュージシャンの方が
見学に来られて、
音楽室としてのお墨付きを頂いたり、
レコーディングに使って頂いたりもしています。
色々細かい失敗はあったものの、
十分満足いくものができたわけで、
この「音楽室のある家」が完成した時は、
「これで娘に喜んでもらえる…」
と私は内心涙を流したものです。
しかし…。

「東京の音大に行って勉強したい」

ある日、高校生の娘から告げられた衝撃の一言。
彼女が師事していたピアノの先生までもが
「4歳から始めて、
せっかくここまで弾けるようになったんだから、
東京で学んだほうがいいと思う」
なんて援護射撃をする始末。
かくして、娘は高校卒業後、
東京に向けて飛び立ちました。
音楽室と私を残して…。

え、じゃあ今、音楽室はどうなっているのかって?
札幌のコンサートホールKITARAのピアノ調律を
手掛ける方に来てもらって、
ピアノの状態は完璧に整えています。
ピアノには湿度が大敵で、ベストな湿度は50%。
夏、湿度が上がってくれば除湿機のスイッチを入れ、
冬、乾燥してくれば加湿器のスイッチを入れて、
管理を徹底しています。
ただ、そのパーフェクトなピアノも、
年に数回、帰省した娘に弾かれる程度。
私は音楽室に足を踏み入れると、
こぼれ落ちそうになる涙をこらえます。
湿度が上がりますから…。

しかし、転んでもタダでは起きない脇坂肇です。
この音楽室のある家を題材にして、
AIR-G’さんとラジオCMを制作しました。
それが全国のFMラジオ局が加盟する団体
JFNによる「JFN賞2015」で部門最優秀賞を獲得。
また、木造建築で音楽室のある家は珍しいので、
年に数件は見学があります。
さらには、札幌在住のプロピアニストの方のために、
音楽室のある家を建てる機会にも恵まれました。

音楽をやっている方とお話ししていると、
「どこで演奏するか」っていうのは
切実な悩みのようですね。
この音楽室を作るノウハウが
お役に立てればいいなと思いつつ、
将来は音楽室のある賃貸マンションを
札幌に建ててみたいですね。

それにしても、
このピアノはどうしようか…。
私はまったく演奏できないので、
優しく教えてくれるピアノの先生は、
どこかにいないでしょうか…。

脇坂肇