「話のわかる工務店」がわかる話

お客さまとの話。職人との話。取引先との話。地域の話。お金の話。家づくりの参考になればと思い、「話のわかる工務店」がこれまで語って来なかった話をご紹介します。これで脇坂工務店のことを少しでも知っていただければ幸いです。

脇坂肇

2020年5月19日 更新

#13

家族とピアノを、次へ。

脇坂肇

いくぶん気温が上がり、
コートを羽織らず出られるようになった
4月のはじめのこと。
ここは脇坂工務店の本店にある音楽室。
2台のグランドピアノが所狭しと並んでいます。
そこに現れたのは、がっしりとした体格の男性。
それぞれのピアノで少しだけ音を出してから、
「こっちですね」
とすぐに右側のピアノを指差します。
「あ、そっちのピアノを選んだ…!」
私は少々の驚きと喜びを感じ、緊張してきます。
どんな演奏になるんだろうか。
「じゃあ、やりますか」
ほどなくして、彼はピアノを弾き始めました。

これは、あるピアノをめぐる物語です。

2019年の春先だったと記憶しています。
会社に一件のお問い合わせを頂きました。
相談主のAさんは現在神奈川在住の方。
ちょうど札幌に帰省中だったのですが
そのご実家について困っていると言うのです。

一度相談に乗ってもらえないかということなので、
翌日早速ご実家にお邪魔してみると、
ものすごい大きなお宅です。
200坪強ほどの敷地に70〜80坪はある建物。
通常の2、3倍ほどの大きさで、
一般的には豪邸と呼んでも差し支えないほど。
しかし、そこには現在70代のご両親が住んでいるだけ。
3人のお子さんは皆さん独立されており、
使っていない部屋がほとんどでした。
しかも築40年以上経っているので、
設備や断熱性能などは古く、とにかく寒いとのこと。
ご両親は我慢して暮らしているに違いありません。
相談されてきた女性は次女にあたる方で、
「将来この大きくて古い家を、
そのまま私たち子どもに残されても
どうしたらいいんだろう…と途方に暮れていまして…」

このように古くなったご実家の将来を案じて、
相談を受けることはたまにあります。
ちなみに、私の考えとしては、
人生を頑張ってこられた60代以上の方こそ、
新しい機能・設備の家で快適に暮らして頂きたいなと。
多くの場合、
古い家に我慢して住んでいらっしゃいますから。
じゃあ、それをどう実現するか、ですが、
不動産の売買を含めて考えてみるとか、
30代で一度家を建てて、
子育てが一段落した50代でサイズを下げて
新たな家を建てるとか、色々やり方があります。
そんな時こそ私たちのような
プロに相談することをおすすめします。
先祖代々受け継いだ土地で暮らすという
考え方も素敵ですが、
ライフステージにあわせて、
もっと住まいの選択肢が自由な国になるといいな、
と常日頃思っています。

話をもとに戻すと、
「じゃ、一度土地の査定してみましょうか」
ということで、建物の解体費用もあわせて
算出してみることにしました。
後日、脇坂工務店からご提案したプランが、
大きな土地の2/3を売却して、
それを元手に残り1/3の土地に
新築の家を建てるというもの。
1/3といっても70坪ほどなので、
ご夫婦二人で暮らすには十分な広さです。
Aさんご一家もそのプランを気に入ってくださり、
GOサインが出ました。

で、設計を進める段階で、
Aさんのお母様が建築好きということが判明します。
そもそも、当社に連絡をくださったのも、
お母様が弊社の広告やオープンハウスを何度か見ていて、
ファンだったらしいのです。
工務店として言うのはなんですが、
当社にとっては珍しいパターン。
「社長、ラジオ出てますよね!」
「社長、おもしろいですよね!」
「社長、ところで何屋さんでしたっけ…?」
みたいな言われ方は多いのですが…。

お母様は建てたい家を明確にイメージされていて、
初回打ち合わせ時に
ご自身で書いた間取り図を持っていらっしゃいました。
そこで私のほうではお母様の感性と近いであろう
ベテラン建築士を推薦して、
その想いを適切に形にできるようサポートしています。
家を建てるプロセスはスムーズそのものでしたね。
完成したのは、平屋の家です。
階段の上り下りもなく、
生活様式にあわせて導線も練られていて、
高齢になったご夫婦にとっては
理想的な家になったと思います。

さて、Aさんとの商談の際には、
都度その大きな住まいにお邪魔していたわけですが、
和室にグランドピアノが
置かれていることに気づきました。
当社に電話をくださった次女の方を含めて
お子さんが3人いらっしゃって、
全員幼少期にピアノを習っていたそうなんです。
しかし、皆さんが巣立ってから
ピアノは弾かれることなく、ずっと置きっぱなしのまま。
「この機会に、ピアノを活用してくださる方、
どなたかいないかしら、脇坂さん」
とお母様から相談されました。

私の娘も音楽をやっていて、
自宅の音楽室にはピアノが置いてあります。
そこで妻に相談の上、わが家で引き取ることにしました。
「想い出がつまったピアノを、
新居を手掛ける工務店さんに
引き取ってもらえるなんて、嬉しい!」
とお母様に言って頂いたのですが、
まあ、引き取った後にメンテナンスを
業者さんに依頼したら●●万円かかりました…。
や、全然痛くも痒くもないですよ…。
ええ…。
ははは。

2020年2月には新居が完成。
3月には引っ越しと
それまでの住まいの解体が行われました。
ピアノを搬出する時には、お母様は涙、涙。
幼かったお子さんが一生懸命ピアノを練習する光景が
よみがえったのでしょう。
と想像しながら書いていると、
あれ、私のつぶらな瞳からも汗が…。
ちなみに、住居の解体時もお母様は
「私、見てられないわ…」と
現場をご覧にならなかったと聞いています。
40年以上も住んでいらっしゃったのだから、
当然ですよね…。

脇坂工務店本店の音楽室に運び込まれたピアノは、
4,5日かけて職人さんたちに
オーバーホールしてもらいました。
結果、鍵盤とボディ以外はすべて新品に交換。
Kitaraのピアノも手がける調律師に
調律もしてもらっています。
(ちなみに、こういう場合、
部屋に馴染んでから何度か調律が必要なんですって)
時を取り戻し、息を吹き返したピアノ。
この後、少し変わった形で当社にとって
重要な役割を果たすことになるのです。

C M

ちょうどその頃、
当社のラジオCMを刷新する話が持ち上がり、
企画が決まりました。
音楽室のある家を訴求するため、
ピアノの演奏が流れる内容です。
CM用にピアノを弾いてもらわないといけません。
企画したコピーライターのTさんから
「脇坂さん、どなたかピアニストのお知り合い、
いらっしゃいます?」
と聞かれたので、
「ニューヨーク在住の
ジャズピアニストなら知り合いだけど…」
野瀬栄進さんを推薦したのです。
彼とはニューヨークの馴染みの店で知り合った…
わけではなく、
小樽出身なので共通の友人がたくさんいて、
10年くらい前から知り合いでした。
仕事で関わるのは初めて。
とはいえ、
ニューヨークにいるならダメだよなぁ…
と思いつつ連絡してみると、
たまたま九州でライブがあり日本にいると。
しかもコロナの影響でニューヨークに戻れない状況。
「時間もあるんで大丈夫ですよ」
と快諾してくれました。

で、CM収録当日。
音楽室に2台置かれたピアノ、
どっちで演奏するかを野瀬さんに尋ねたところ、
ちょっとだけ音を出して、すぐにこっち!
と指差したのがお母様から頂いたピアノでした。
いわゆる「いい音」がするのは、
もともとわが家にあったピアノなので、
意外なチョイスでした。
どうやら、軽いタッチに仕上げてあったのが
良かったようです。

彼が選んだのは「Nostalgia Otaru」という曲です。
故郷、小樽をイメージして作られたもので、
私も密かにそれがCMに合うと思っていました。
タイトル通りどことなく郷愁を感じるのが
このピアノの出自にも合っていますし。
様々な弾き方で何テイクも収録し、
そのうちの1つをCMに使っています。
また、ナレーションはラジオ番組の盟友、
森基誉則さんにお願いしたのですが、
「こんなカッコいいCM、
いまだかつてAIR-G’で流れたことありましたっけ?」
と彼に言わしめました。
これで女性ファンが増えること、間違いなしです。
こりゃ、まいったな!

完成したCMは後日CDに焼いて、
ピアノを譲ってくださったお母様にプレゼントしました。
ものすごく喜んでくださったのは、
言うまでもありません。
20年以上弾かれていなかったピアノが
こうやってCMのいわば“主役”として日の目を浴び、
想い出が新しい形で生まれ変わったわけですから。

長い時間積み重ねてきたものを、
いかに次につなげていくか。
その未来の風景を描くのも
私たち脇坂工務店の役目だと思っています。
今回は住まいとご家族、そしてピアノの
「次」をつくることができたんじゃないでしょうか。

ところで、お母様からは後日こんな言葉を頂きました。
「新しい家を楽しむためにも、長生きしなきゃ!」
仕事を通して、
逆にまたひとつ大きなギフトを
受け取ったような気持ちになりました。
ありがたい限りです、本当に。
あれ、おかしいな。
また子鹿のような瞳から汗が…。

脇坂肇

※完成したCMはこちら