「話のわかる工務店」がわかる話

お客さまとの話。職人との話。取引先との話。地域の話。お金の話。家づくりの参考になればと思い、「話のわかる工務店」がこれまで語って来なかった話をご紹介します。これで脇坂工務店のことを少しでも知っていただければ幸いです。

脇坂肇

2020年6月17日 更新

#14

工場は語りかける。

脇坂肇

「建具」って聞いたことあるでしょうか。
辞書的な意味としては、
「ドアや窓、障子、ふすまなどの総称」のこと。
2020年の春、その建具や家具を手がける事業部が
脇坂工務店のグループ内に誕生しました。
その名も「荒木木工事業部」。
え、荒木って誰?
となりますよね。
わかります、わかります。
うん、また私が勢い余って
やってしまったんですよね…。
だって、工場が語りかけてくるのですから…。

2019年の春ごろだったと思います。
知り合いの不動産屋さんから連絡が入りました。
「脇坂さん、こんな土地あるんだけど、
買いませんか?」
具体的には、
札幌インターそば、環状通に面した
250坪ほどの土地が売りに出ているとのこと。
私は頭の中で瞬時に計算しました。
「250坪っていう広さであれば、
4〜5区画にわけて売ることになるな…。
ただ、交通量の激しい通りに面しているなら、
住宅地としてはなかなか厳しそうだし、
大きさ的にもうちの手に余りそうだな…」
といった感じで、ちょっとピンとこなかったので、
その時は丁重にお断りをしました。
電話を切った後は、
きれいさっぱりその土地のことは忘れ、
月日は流れていったのです。

2020年1月、
再び同じ不動産屋さんから連絡がありました。
「やっぱり、あの250坪の土地、
脇坂さんのところで買わないかなぁ。
実はまだ売れていなくって。
交渉によっては値段もある程度
下げられると思うんですよ」
彼と話しながら、その土地のことを思い出す私。
そういえば、あの土地って更地ではなく、
工場が建っていたな…。
なんの工場だっけ…。
ああ、建具と家具の工場か…。

そうなんです。
「荒木木工品興業」という会社があったんです。
50年ほどの歴史があり、
ピーク時に12〜3名ほどいた職人は現在3名。
今の場所は広すぎるということで、
移転のために土地を売却しようとしていたのでした。

私は、ふと思いつきました。
いっそのこと土地を買うだけじゃなく、
荒木さんの職人や工場もふくめて
うちで引き取れないかと。
つまり、脇坂工務店のグループに入ってもらって、
いっしょに働くということです。
その考えの背景には、
私が経営しているもうひとつの会社、
Kai建築の存在がありました。

ここで、ちょっとKai建築についてお伝えしましょう。
脇坂工務店にある2つの関連会社のうちの一つで、
2017年2月に立ち上げました。
そもそもの誕生のきっかけは、
「大工さんの労働環境を向上させたい」
という想いからです。
私たちの業界において、
大工さんは季節雇用だったり、
働いた日数に応じて月給が決まる
「日給月給制」だったりと、不安定な環境にいます。
よって、人材不足の昨今、若い担い手が集まりにくく、
職人の高齢化も進行中。
このままだと近い将来、家を建てられる人が
本当にいなくなりかねません。
なんとかせねば!
ということで、大工のための会社として
Kai建築を作ったのです。

会社立ち上げ当時は脇坂工務店の従業員の一人に
代表を任せていました。
しかし、彼が退職することになり、
私が代表を兼務することになった
2019年の秋の時点で、
会社の状況はあまりよろしくありませんでした。
脇坂工務店の仕事だけやっていれば、
一応は安定しているものの、
大工さんにもっと給料払ってあげたくても、
会社として払えない状況だったんです。
なんとかしないとなぁ…と
頭の片隅でいつも考えていた時に、
ちょうど荒木さんの話が再びやってきたわけです。

工場や土地だけでなく、
荒木さんのところの従業員を含めてうちで引き取る。
これは荒木さんたちにとっても事業が安定するし、
移転の必要がなくなります。
よって、移転費がかからなくなり、
そのぶん土地の価格を値引けるということに。
私にも荒木さんにもメリットがある話です。
何より建具や家具が内製化できると、
Kai建築にとって新たな武器になります。
当社のように設計事務所が関わり、
お客さま一人ひとりにあわせて
オリジナルの家を建てているところにとっては、
家具や建具のクオリティは生命線。
技術力で勝負するなら、
荒木さんたちのような技術のある人材を
迎え入れるのは理にかなっています。
カチッとパズルのピースがはまった感じがしました。

荒木さんたちといっしょになる。
そのアイディアを現実的に検討するため、
荒木木工品興業の状況を詳しく知ることにしました。
当時の年間売上は●000万円くらい。
対して、脇坂工務店が一年を通して
外部の建具屋さんに頼んでいる額は▲000万円くらい。
合算すれば、いち事業として商売は成り立ちそうです。
また、肝心の技術レベルについては
うちの現場監督と一緒に
荒木さんたちの仕事ぶりを見学させてもらいました。
すると、技術的には何の問題もありません。
実際、荒木さんたちは一般住宅以外にも、
有名寿司店のカウンターを作るなど、
店舗内装の建具・家具を数多く手掛けていました。

「うーむ、これは本当にアリかも…」
と心が揺れ始めた私。
ただ、大手ハウスメーカーならいざしらず、
私たちくらいの規模の工務店が、
木工部門を持っているところって、
全国を見渡しても、ほとんどないはず…。
普通にビジネス的な観点で考えたら、
そこまで大きくはない会社が
木工部門を自社に抱えるのってリスクです。
別に木工部門が大きな儲けを
出してくれるわけじゃないですからね。

現在、建具の業界では既製品が主流。
LIX●Lとか大手メーカーによって
安価な大量生産品が幅を利かせています。
や、もちろん質も良いので当然の流れだと思っています。
家具だってニ●リとかイ●アとかが
人気を集めているように、
高価な一生ものを揃える人は少数派ですよね。
オリジナルでの製作が減ってきているし、
さらには職人の高齢化が進み、人材不足も深刻。
これから先、建具業界は厳しいことは目に見えています。
お客さまのニーズに応えやすくなるとはいえ、
ビジネス的にどうなのかなぁ…と悩みました。

ただ…。
ただですよ。
荒木さんの工場に足を踏み入れると、
作業用の機械が目につくのです。
年季が入ったものばかりです。
もし会社が移転するとなったら
古すぎる機械は置く場所もないし、
廃棄せざるを得ないと荒木さんから聞いていました。
モノづくりの世界に身を置いているせいか、
無性に機械たちが不憫に思えてきたんです。

いやいや、ないない!!
そんなモノに情を感じるなんて。
ビジネス的に考えたら、
わざわざ私が危ない橋を渡らなくてもいいだろうに。
「やっぱりこの話は…」と言おうと思ったら、
私の口はなぜか、
「よし、土地と工場もいっしょに、
うちのグループで荒木さんたちを引き受けましょう!」
と喋っていました。
おかしいな…。
口が勝手に。
「なぜ、ここで急に男気を見せるんだ、脇坂肇…」
と自分で思いましたね…。

あと決め手になったのは、工場の“声”です。
そこに足を踏み入れると
工場が語りかけてくるような変な気分がするんですよね。
「うちといっしょになろうよ〜」
みたいに何かを訴えかける声が聴こえる気が。
まあ、荒木木工の人たちが
私の耳元で囁いていただけかもしれません。

結局、金融機関の融資を受けた上で、
●000万円を払い土地と工場を脇坂工務店が購入。
荒木木工品興業は会社としては廃業し、
営業権をKai建築に譲るという形で手続きしています。
ただし、事業部として荒木木工の名は残しました。
どういうことかと言うと、
Kai建築における事業部の名前を
「荒木木工事業部」にしたのです。
工場に掲げられていた看板もそのまま残しています。
これまで荒木さんたちが築き上げたことに対する、
私なりの敬意の表し方です。

2020年3月に売買契約が成立。
2020年4月から脇坂工務店のグループの一員として、
新事業部がスタートを切りました。
建具や家具をきちんとオリジナルで作れること。
お客さまにより良い技術を提供するためにも、
業界のためにも、
絶対なくしてはならない仕事だと思っています。
こうやって一つになったからには、
手がける家のレベルを上げるのはもちろんのこと、
Kai建築が本来目指してきた
「大工さんのための会社」であるためにも、
後継の育成にも力を入れていかないと。
だから、まずは新体制でバリバリ仕事して頑張るぞ!
と思っていた矢先、アイツがやってきたのです。
そうです…、アイツです。
コロナがぁぁあぁあ…。

荒木さんたちの得意分野である店舗内装の仕事が、
2020年4月5月は激減。
あれ、目論見が…。
男気を見せた自分を恨みつつ、
お仕事、お待ちしております。
(脇坂工務店のグループ全体としては
絶好調ですので、ご安心ください…!)

脇坂肇